オンガクとは
アメリカ帰りの教育研究家が
被災地で生徒とつくった学校
被災地で生徒とつくった学校
ひろせんせー
HE&RO主宰|教育研究家
UCLAグローバルスタディーズ卒
東日本大震災直後被災地入りし起業
以降10年以上にわたり現地で
復興活動・教育プロジェクトに尽力
1,000名以上を支援・サポート
元一部上場企業人事
元不登校生サポートキャンパス長
UCLAグローバルスタディーズ卒
東日本大震災直後被災地入りし起業
以降10年以上にわたり現地で
復興活動・教育プロジェクトに尽力
1,000名以上を支援・サポート
元一部上場企業人事
元不登校生サポートキャンパス長
AS A BETTER ALTERNATIVE
『不登校になってよかった』
その言葉のために
その言葉のために
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はじめまして、ようこそオンガクへ。
当校のルーツは2011年まで遡ります。崩れた校舎、更地となった海岸線、あの時は絶望しかありませんでした。しかし、子どもたちに教えられ、救われます。被災地で先に立ち直ったのは子どもたちでした。
震災により、まるで今まで選択を縛っていた固定観念まで崩れ去り、まっさらだからこそ選べる自由があると示すように。まっさらな上に、自分たちなりの教育を復興するように。大人たちが見失ってしまった未来を、諦めていないという確かな意思を秘めていました。
当校のルーツは2011年まで遡ります。崩れた校舎、更地となった海岸線、あの時は絶望しかありませんでした。しかし、子どもたちに教えられ、救われます。被災地で先に立ち直ったのは子どもたちでした。
震災により、まるで今まで選択を縛っていた固定観念まで崩れ去り、まっさらだからこそ選べる自由があると示すように。まっさらな上に、自分たちなりの教育を復興するように。大人たちが見失ってしまった未来を、諦めていないという確かな意思を秘めていました。
それは「勉強する・しない」ではなく「どのようにするのか」というものです。大人たちが「働く・働かない」という次元から一歩進み「どのように働くのか」という「働き方」に沸くよりも前に、子どもたちは「学び方」を察知していたのかもしれません。私たちはいつだって、子どもたちがその理想の教育「学び方」を実現する手伝いをしているに過ぎません。
震災以降、宮城県は不登校率が全国トップでした。度々それは子どもたちに内在する「問題」「弱さ」として取り上げられます。子どもは常に受け身で、仕方なく追い込まれ、ギブアップして脱落した結果だと。しかし、私たちが復興の現場でみたのは真逆です。子どもが未来を諦めていない、放棄していないからこそ起こる、不登校という能動的選択でした。
少なくとも私が被災地で会った子どもたちに「問題がある」子はいませんでした。むしろどの子も聡明で思慮深く、思いやりがあり、可能性に満ち溢れています。
本当に問題なのは、子どもが満たされない教育、またいかなる理由であれ子どもが「通わない」という選択をしたとき、代替となる選択肢(オルタナティブ)が全くないことです。日本ではこのオルタナティブ教育が極端に遅れています。多様化する社会に伴う子どもたちの多様性に、教育がついていけていません。
本当に問題なのは、子どもが満たされない教育、またいかなる理由であれ子どもが「通わない」という選択をしたとき、代替となる選択肢(オルタナティブ)が全くないことです。日本ではこのオルタナティブ教育が極端に遅れています。多様化する社会に伴う子どもたちの多様性に、教育がついていけていません。
同様に不登校が「逃げ」「現実逃避」「ドロップアウト」といわれることがありますが、決してそんなことはありません。私たちはそれを「逃げ」ではなく「自己防衛」または「建設的選択」と捉えています。
自分の用意したプレゼントを気に入らないからといって、一方的に相手の感性を非難したりはしないでしょう。何らかの問題や意思があり会社を退職・転職しようとする友人を前に、一方的にその弱さを責め、決断を否定するでしょうか。
いま不登校そして子どもたちがさらされている状況がまさにそれです。大人に対しては不適切なことが、子どもに対しては許されるのか。学校側が贈る教育に問題があるのかもしれません。子どもを大人と真に対等に扱うことで、その裏にある本当の問題や意思がみえてきます。
いま不登校そして子どもたちがさらされている状況がまさにそれです。大人に対しては不適切なことが、子どもに対しては許されるのか。学校側が贈る教育に問題があるのかもしれません。子どもを大人と真に対等に扱うことで、その裏にある本当の問題や意思がみえてきます。
不登校という社会現象、そこに何らかしらの要因や問題があることは事実です。ただ、果たしてそれは子どもたちの問題なのか。学校教育の問題、そして何より、もっとも巨大な問題はこの社会全体です。
大人たちの自己防衛や自己実現を掲げた退職・転職は容認・応援されるにもかかわらず、大人よりもよっぽど弱いはずの、子どもの自己防衛や自己実現、その苦肉の策である不登校が、いつまでも悪事や災難と扱われる社会や意識が何よりも子どもたちを縛っています。私たちが変えたいのは、教育そして、不登校率日本一であることが「ワースト1位」といわれてしまう、社会そのものです。
不登校には意思があります。それも一大決心ともいえる類の、当人にとっては非常に勇気の要るものです。子どもにとって酷なのは、それをうまく言語化できず、態度で示すしかないということです。だからこちらがその意思を尊重して理解しようと努め汲み取ってあげなければなりません。
子どもに限らず、物事の良し悪しというものはとても難しく厄介です。たいていの場合その判断基準は、所属する組織や社会の「常識」に影響されますが、純粋無垢でスポンジのような吸収力を持つ子どもは、その影響をすべて受けます。大雨のなか傘をささず立つように、すべてで、すべてを。
子どもにとってはこの社会が世界であり、常識や周囲の大人が言うことは真理です。また子どもにとっての1年と大人になってからの1年では重みが違く感じるように、事の重大さやその感じ方も異なります。大人になってからは人生の1ページと笑い話にできる学生生活も、子どもにとっては人生と同等、すべてです。
不登校のもっとも残酷なところは子ども自身が、取り返しのつかないほど極めて重い、非常に悪いことをしているという罪悪感を抱え、自分を追い込んでしまうことです。家族に対する責任を感じながらも、誰もどうすることもできない状況が続けば続くほど、ジワジワと終わりのない苦しみに縛られていきます。
だからこそ、我々大人がそれを覆さなければいけません。根底から。まずその状況を肯定してあげなければいけません。正常であり正しいことをしていると。悪いのは道の上にいないことではなく、そこに道がないことだと。
子どもにとってはこの社会が世界であり、常識や周囲の大人が言うことは真理です。また子どもにとっての1年と大人になってからの1年では重みが違く感じるように、事の重大さやその感じ方も異なります。大人になってからは人生の1ページと笑い話にできる学生生活も、子どもにとっては人生と同等、すべてです。
不登校のもっとも残酷なところは子ども自身が、取り返しのつかないほど極めて重い、非常に悪いことをしているという罪悪感を抱え、自分を追い込んでしまうことです。家族に対する責任を感じながらも、誰もどうすることもできない状況が続けば続くほど、ジワジワと終わりのない苦しみに縛られていきます。
だからこそ、我々大人がそれを覆さなければいけません。根底から。まずその状況を肯定してあげなければいけません。正常であり正しいことをしていると。悪いのは道の上にいないことではなく、そこに道がないことだと。
オンガクの原型は、学校を代替するオルタナティブスクールとして、被災地で生徒たちの声や協力のもと誕生しました。当校では勉強や学習指導だけでなく、声掛けを大切にしています。不登校の生徒にとって一番の問題は、数学でも英語でもなく、孤立と孤独だからです。
人生という未知の大海原に放り出され、たったひとりで暗中模索、不安に駆られています。レールを外れたと思い込み、絶望で笑顔を失うのは、あまりに子どもに似つかわしくありません。
今まで乗っていたレールは、たくさんあるうちのたったひとつでしかないこと。しっかり足元にはまだ別のレールがあること。レールなんて、どこにでも敷けること。むしろあなただけのレールを敷いていくチャンスであること。それを体験・体現・実現してきた先輩たちがあなたを待っていること。その方法も解決策も、いくらでもあるということ。まだまだ大丈夫。いくらでも笑えるということ。頭を抱え顔を伏せた子どもに、伝えたいことがたくさんあります。
今まで乗っていたレールは、たくさんあるうちのたったひとつでしかないこと。しっかり足元にはまだ別のレールがあること。レールなんて、どこにでも敷けること。むしろあなただけのレールを敷いていくチャンスであること。それを体験・体現・実現してきた先輩たちがあなたを待っていること。その方法も解決策も、いくらでもあるということ。まだまだ大丈夫。いくらでも笑えるということ。頭を抱え顔を伏せた子どもに、伝えたいことがたくさんあります。
それをベースに私たちが目指すのは、学校を凌ぐ学習環境、学校ではできない体験が待っている、ベターオルタナティブ(より良い代案)です。生徒自身が自分自身の過去を肯定できる未来。『むしろ不登校になってよかった』そう思ってもらえる出会いや機会を重視しています。
学生生活に負い目や後ろめたさを感じてほしくありません。何も悪いことをしていないのだから。むしろ、自分に嘘をつかなかった、つけなかった子たちでもあります。それはこの時代、これからの時代、純粋に可能性を秘めています。心の底から幸せと言える人に、自分を偽っている人はいないはずだからです。
自分に嘘をつかないこと、それは絶対にいいことのはず。いや、いいことでなければなりません。子どもが、嘘をつかない方がいいのだと学び、将来、迷うとき、自分に嘘をつかない道を安心して選べるように。
そうして自分を偽らなかった人の幸せそうな姿が、ロールモデルとして次の世代の背中を押します。そんな正の連鎖により、不登校に限らず、自分に嘘をつかない学び方や生き方がどんどん肯定され、いっそ追い風が吹きあれる社会になってほしいと思っています。
私自身、震災時、自分に嘘をつかずまっすぐに、ここに来て本当によかったと感じています。大変なこと、辛いこともありましたが、だからこその経験や出会い、人生の味わいがあり、こうしている今があるからです。
自分に嘘をつかないこと、それは絶対にいいことのはず。いや、いいことでなければなりません。子どもが、嘘をつかない方がいいのだと学び、将来、迷うとき、自分に嘘をつかない道を安心して選べるように。
そうして自分を偽らなかった人の幸せそうな姿が、ロールモデルとして次の世代の背中を押します。そんな正の連鎖により、不登校に限らず、自分に嘘をつかない学び方や生き方がどんどん肯定され、いっそ追い風が吹きあれる社会になってほしいと思っています。
私自身、震災時、自分に嘘をつかずまっすぐに、ここに来て本当によかったと感じています。大変なこと、辛いこともありましたが、だからこその経験や出会い、人生の味わいがあり、こうしている今があるからです。
被災地で10年以上にわたり就学支援・教育復興活動を続けてきましたが、震災の記憶を持つあの頃一番小さかった子たちがいま、ちょうど成人して全国に飛び立っています。
私たちの活動もここで転機を迎え、今まで被災地で培ってきた経験やノウハウを、今度は全国に還元しようと動き出しました。
私たちの活動もここで転機を迎え、今まで被災地で培ってきた経験やノウハウを、今度は全国に還元しようと動き出しました。
それは日本中、いや世界中に被災地はあるから。
もし今までのすべてが与えられた機会なのだとしたら、私たちの役目はそこで得たものを次に繋いでいくことなのかもしれません。そこからみんなで考え、形にしたのがオンガクです。みんなで積み上げてきた現場のメソッドをオンラインに集約して、誰にでも届けられるようにしました。
もし今までのすべてが与えられた機会なのだとしたら、私たちの役目はそこで得たものを次に繋いでいくことなのかもしれません。そこからみんなで考え、形にしたのがオンガクです。みんなで積み上げてきた現場のメソッドをオンラインに集約して、誰にでも届けられるようにしました。
ここからは私たちの第二章です。よろしくお願いいたします。
THANKS FOR READING
あいせんせい
HE&ROスタッフ|オンガク創設メンバー
東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科卒
中学・高校と不登校を経験
通信制大学で学位を取得する傍ら
教育プロジェクトに参加
現在は自身の不登校や通信制教育の経験を活かし
メンターとして生徒のケアや
高校・大学のレポート指導をおこなっている
東北福祉大学総合福祉学部福祉心理学科卒
中学・高校と不登校を経験
通信制大学で学位を取得する傍ら
教育プロジェクトに参加
現在は自身の不登校や通信制教育の経験を活かし
メンターとして生徒のケアや
高校・大学のレポート指導をおこなっている
ATARIMAE
『あたりまえ』にとらわれなくていい
昔、私は「あたりまえ」にとらわれていました。
朝早く起きるのがあたりまえ、学校に行くのがあたりまえ、友だちがいるのがあたりまえ。そして、みんなと違うことは「あたりまえではない」と感じていました。
朝早く起きるのがあたりまえ、学校に行くのがあたりまえ、友だちがいるのがあたりまえ。そして、みんなと違うことは「あたりまえではない」と感じていました。
学校に行かなくなった日が続き、不登校になった当時の私は「あたりまえではない」つまり、「あたりまえの枠から外れてしまった」と思っていました。
そのため「これからどうしよう」「ずっとこのままなのかな」と不安を抱き、将来に希望を持てずにいました。
そのため「これからどうしよう」「ずっとこのままなのかな」と不安を抱き、将来に希望を持てずにいました。
やがて通信制の学校に転校し、自分と同じ境遇の子がたくさんいることを知りました。そのとき「自分だけじゃないんだ」と安心したのを覚えています。
同時に、「今まであたりまえだと思っていたことって、何だったんだろう」と考えるようにもなりました。
同時に、「今まであたりまえだと思っていたことって、何だったんだろう」と考えるようにもなりました。
世の中で言われる「あたりまえ」とは、良い学校に入り、良い大学を出て、会社に就職し、結婚して家庭を築き、子育てをして、老後を迎え、埋葬され、墓に入る、そんな人生かもしれません。でも、近年では多様な生き方が少しずつ尊重されるようになってきています。
「あたりまえ」は、実は変わりうるものなのです。
「あたりまえ」は、実は変わりうるものなのです。
不登校の子どもたちに対して、「世間からドロップアウトした」と言う人もいます。でも、そういった「あたりまえ」は、地球の中の日本という一つの島国で形成された価値観で、決して普遍的なものではありません。
学校も今では通学制だけでなく、自分のペースで学べる通信制、カフェや自宅など好きな場所から受講できるオンライン、高認試験からの大学進学などさまざまな選択肢があり、一般化しています。
将来も企業勤めに限らず、起業、記事執筆やSNSマーケティングによる広告収入、自然に興味があれば農業など…。生き方は一つではありません。
将来も企業勤めに限らず、起業、記事執筆やSNSマーケティングによる広告収入、自然に興味があれば農業など…。生き方は一つではありません。
周囲と違うことに不安を覚えるお子さんや保護者の方も少なくありません。だからこそ、不登校を経験した私自身の立場から「こんな学校があるよ」「こんな生き方もあるよ」と、日々提案しながら関わっています。
「あたりまえ」にとらわれない、自分らしい道を一緒にみつけていきましょう。
THANKS FOR READING
HE&RO with Vinal Corporation
企画 : HE&RO | 運営 : Vinal Corporation

